先験と後験による分類
『言語学大辞典』の「人工語」によれば、ドゥリンチェコは人工言語を次のように分類した。
先験語――哲学的言語
後験語――図式派:エスペラントなど
自然派:インテルリングワなど
先験語とはアプリオリ言語と同義で、後験語とはアポステリオリ言語と同義である。
同辞典によると先験語すなわち哲学的言語とは「人間がもっている論理は人類全てに共通であるからこれを基盤として言語を構築すれば コミュニケーションの手段として機能を発揮しうるという発想から生まれてきた言語案」である。 先験語は人工言語の歴史のわりと始めごろ、ベーコン、デカルト、ライプニッツらによって考察されてきた。(注 本論では先験語=哲学的言語ではない。これはあくまで辞典の分類である)
対して後験語は先験語に少し遅れて発達し、19世紀にザメンホフの台頭で一世を風靡した。後験語とは実際に使われている言語に手を加えたものを指す。図式派とは自然言語の持つ不規則性や例外を排したものである。対して自然派とは自然言語の持つ不規則性や例外を多少認めたものである。
ドゥリンチェコの分類は全ての人工言語を分類しきれないという欠点を持っているが、先験語と後験語に人工言語を大別したことは有益である。人工言語を先験語と後験語に分けた上で自然言語と対比すると、人工言語と自然言語はデジタルな違いではなくその間に異物の存在を許すアナログなものであることが分かる。
後験語は自然言語を基盤とした言語で、図式派も自然派もそれは共通する。図式派は言語の持つ不規則性や例外を認めないが、自然派はそれらを認める。したがって、上記の図で最も自然言語から遠いのは先験語であり、最も自然言語に近いのは自然派である。同じ人工言語でも後験語のほうが先験語より自然言語に近い。同じ後験語でも自然派のほうが図式派より自然言語に近い。ゆえに、人工言語と自然言語の間にはより人工言語らしいものとより自然言語らしいものがあるといえる。以上を図示すると以下のようになる。左に行くほど人工言語の度合いが強い。
先験語>図式派>自然派>自然言語
また、上掲の混成言語をこの中に加えると、上の図は以下のようになる。
先験語>図式派>自然派>混成言語>自然言語
このように、人工言語は自然言語を対極としながらも、その間にはグラデーションともいうべき中間物が存在しているといえる。人工言語は孤立した存在ではなく、自然言語と密接に関わりながら、しかも自然言語との間に中間物を挟むものである。
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