人工文化応用の実例
ある人工言語で色に象徴を持たせようとしました
高貴な色に紫を当てました
でも、どうやって紫が高貴な色であると演繹したのでしょう
日本語の冠位十二階制を盗用するだけなら児戯に終始してしまいます
さて、何を根拠に紫を高貴にしましょう
因みに、前提としてその人工言語独特の基本色に紫が含まれ、
Berlin and Kay(1969)の焦点色理論を真として含めましょう
また、高貴という概念の範囲は不定にせよ、その言語に存在すると仮定しましょう
たとえば科学的に波の長短が人間に高貴さを感じさせるのならそれが答えで良いと思います
ただ、認知的に本当にそうなのかが問題になってきます
で、もし科学で高貴だと言い切れないとしたら、
ゼロから作る人工文化としては何を参考にすべきでしょうか
勿論、科学的に人類全体にいえることならその人工言語文化に適応させられます
ですが毎回科学的に説明付けられるとは限りません。そうでないことのほうがむしろ多いです
そのような場合、様々な自然文化と自然風土の関係をコツコツ調べ、
何が原因でその紫が高貴という文化が生まれているかを調べるしか手法がなくなります
ゼロから作る場合は「フランスがこうだから、日本がこうだから、多くがそうしているから」では説明不足です
まず普遍性がないか科学的に考察し、それがダメなら自然文化なりを参考にする
その観測から法則を見つけ、何が自分の文化に合うかを演繹していきます
だから大変な作業なのですが……
さて、では具体的に紫の場合、どう説明すればいいでしょうか
確かに自然界に珍しくはないですね
でも紫の染料はどうやって得ていたのでしょう
日本ではムラサキという植物の根から作りました
特に乾燥させて水と灰汁を混ぜた媒染剤を紫根色といいます
が、これは非常に高価だったんです。つまり貴重
したがってダイヤや金と同じく高貴な人ばかり手に入れてました
それで日本では紫が高貴になりました。これは同じような風土なら一様にいえることです
安いダイヤを作るように――昔の人はよっぽど紫がほしかったんでしょうね――藍と蘇芳で染めて偽紫を作っていました
これは西洋でも似たようなものでした
purpleという語を辿っていくと、シリアツブリボラ貝という染料に行き着きます
この貝から採れる染料はほんのちょっとなんです。したがって日本と同じく貴重で、そこから高貴に落ち着きました
実は科学的な根拠ではなく、単に染料としての高価さが原因だったんです
だからある人工風土で紫の染料がこういう草や貝しかないところだとしたら、
そこの人工文化でも紫は高価になり、そこから高貴に転じやすい
最終的にはそれが人工言語にも現われ、「紫は高貴な色」というパロールとして具現化されるわけです
さて、基本的にはこのように分析し、ひとつずつ文化なり言語なりを作っていっています
紫の件ですが、一元的にひとつの理由からひとつの結果を即座に導いてはいません
文化は関数ではないので、ひとつの原因を入れればひとつの答えが返ってくるわけではありません
もっと細かく多元的に見ていっています。だから時間がかかります
たとえば紫にしても、紫の染料が容易く手に入る風土を仮定すれば、紫は高貴にならなかったでしょう
紫は別に人類共通の高貴色ではありません
たとえばカーストの初期ではヴァルナというバラモンなど4種の身分がありました
高位のバラモンは白で、4番のシュードラが黒ですが、これだと白が高貴になる
理由はというと、諸説ありますが、 アーリア人のほうが先住民より肌が白かったことによる人種差別というのが一説です
当然、人工文化がこういった事情だったらカーストと同じく白が高貴になったでしょうね
人工文化はパラレルワールドみたいなもので、いくつもの可能性を持っています
作る人によって独特のものになるため、誰の文化が一番とか、そういうことはないです、当たり前ですが
ついでにいうと、文化を規定しても、歴史を考えないといけません
紫が高貴だとしても、その世界で変わるかもしれませんから
たとえば中国ではいまは皇帝の色といえば黄色です。現代では卑猥な色でもありますが
でも昔、皇帝の色は紫でした。皇帝の家は「紫禁城」ですよね
あれは天帝が極北の紫微垣という星に近いところにいると考えたからです
このように、文化は規定しても歴史によって変わりうるということです
もうひとつ例を。西洋では青が後に高貴な色に変わる時期がありますが、
あれは単に紫を取るための貝を採り尽くしたのでその代理という説があります
こちらは絶滅という理由で歴史的に変わった例です
また、紫の染色が安価になると当然徐々に紫のランクが落ちるとも考えられます
このままいくと日本もどうなるか分かりませんね
というように、一度作っても文化は通時的に変わるものなので、その点にもご注意ください
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