簡単な言語
制アルカを作ろうとしたとき、最も簡単な言語にしようとしました。
その後、制アルカは古アルカを踏襲して作ってくれと駄目出しがあったため、簡単な言語計画は放棄されました。
当時のその簡単な制アルカはプロトタイプ制アルカといいます。
結局そのときのプロトタイプを捨てきらないまま古アルカを踏襲したため、制アルカはプロトタイプ要素が混じったままになっています。
さてそのときのプロトタイプ制アルカを基に、今回は更に掘り下げて研究型の実験言語をひとつ作ってみました。
serixのように一応言語と呼べるものを作るのではなく、言語の骨組みだけです。なのでこの言語に命名はしません。
一番簡単で単純な言語とはどんなものでしょうか。
2進法で表す言語?あぁ、それは単純ですね。でも人が使えますかね?
リンゴは00110101001101である、とか――全く使えません。
そこで、あくまで日常生活で実用できる普通の言語という前提の下で最も簡単な言語を探ってみましょう。
まず音ですが、母音を持たない言語はありません。母音は確保します。
子音はあれば音節数を掛け算で増やすことができるので、単語の語形を伸ばさずにすみます。
たとえば母音3個のみの言語では3進法で言語を表すのと同じです。上記のリンゴと大差ありません。
3音節VVVで表せる組み合わせはわずか27語です。少なすぎます。
これに子音が5個あれば、φ子音(空子音)を合わせて子音が6個になるので、CV音節が6×3で18個。
よって同じ3音節で表せる組み合わせは18の3乗になります。5832語ですね。27語と比べると大躍進です。
これは便利だ。というわけで子音も確保しましょう。
さて、母音は何を選びましょう。5母音体系が地球に最も多いですが、3母音体系というのもわりとあります。
簡単な言語でしかもある程度の実用性を考えれば2母音よりも3母音のほうが良いでしょう。
そこでi,a,uの3母音を選びます。
では子音はどうしましょう。子音にも人気による階梯があります。
ロトカス語のような子音の少ない言語を見れば分かりますが、奇抜な子音は含まれていません。
ただ、これらの言語と全く同じ子音を抽出すると、聞き間違いの危険性が少しだけ増えます。
ハワイ語はs,tがありません。その代わりp,m,nがあります。
m,nは鼻音繋がりで聞き違いの可能性が微かにあり、p,mは調音点の一致で聞き違いの可能性がわりとあります。
実際m>bなどという変化は数多くの言語で見られますし、日本語にもあります。
ただ、ハワイ語が自然言語として機能しているのを見るとこれらの子音を採用しても意思疎通に問題はないでしょう。
音節数が少ないと単語の語形が長くなるので、少し子音は増やしておきましょう。
p,t,k,m,n,s。この6音を採用します。母音と合わせて9音。ギリギリ1桁キープです。
この6音がない言語は殆どないし、地球の人口でいけば尚更希少です。
つまりこの6音に対して「とても発音が難しい」と感じる人間はほぼ皆無だということです。
したがってこの6音を持った言語を最も単純な言語に認定することに問題はありません。
*ふと思ったんですが、この6音のうちp,t,s,k,nはそのままアルカのアスペクトを表す接辞なのですよね。読み返していて気付きました。
アルカのアスペクトには汎用性が高くそれなりに聞き違えない子音を選びました。
今回自然言語から抽出したのと同じ結果になったのは我ながら興味深いことです。
さて、3母音・6子音で、更に空子音が1つ足されるので、CVの組み合わせは3*7=21です。
21あれば代名詞など基本的なものは賄えますね。
2音節語は21×21で441語。最も頻繁に使う単語の殆どを当てることができそうです。
3音節語は21の3乗で、9261語。日常生活は申し分なく賄えます。
3音節までで約1万語です。英検1級の単語力が公称1万から1万5千語です。
これだけ頭に入っている日本人はまずいません。なので1万もあれば外国語としては十分な量といえるでしょう。
勿論、この中にはaaaのような語も含まれるため、調整はいくつか必要です。それでも約1万はキープできます。
因みにこれ系の言語は聞き間違い少ないですよ。作りうる語形に全て単語を当てはめたとしても。
だって個々の子音が音声的に離れているでしょう。有気・無気の対立も有声・無声の対立もありませんしね。
sとか他の子音と聞き間違いようがありません。唯一危ないのはpとmくらい?破裂をしっかりしていれば間違えませんけど。
mとnは実際は間違えないでしょう。日本語で間違えないじゃないですか。大丈夫です。
音素が少なく音節構造はCVのみなので母音率が高く、そのことがソノリティを上げ、聞き違いを更に減らしています。
これで音韻は決まりました。次は文字です。
文字は最も普及しているロマンアルファベットを使いましょう。最も簡単です。
数字はアラビア数字を使いましょう。最も普及していて簡単です。
次に文法ですが、まず簡単な言語を目指すために品詞を減らしてみましょう。そうですね、2つといったら驚きますか?
プラトンは2つの品詞しか定義しませんでしたね。オノマ(名前)とレーマ(動詞・述語)です。
私は少し違います。1つ不定詞をください。後はせいぜい句読点。これがあればいい。
エスペラントでは-oは名詞、-aは形容詞というように接辞を使いますが、この方法では駄目です。
なぜなら接辞によって結局品詞が作られるからです。
今は品詞を減らすのが目的なので、接辞を使う方法は駄目です。結局品詞を認めることになるので。
語順はSVOにしましょう。2項の間にVが来るという統語情報で動詞を立てなくてもどれが述語か分かるからです。
統語情報で述語を示すのか判別できるため、動詞を立てる必要はありません。
文型はSVOだけにしましょう。それ以外は存在しません。
機能語はどうするの?――全て語彙化します。品詞が不定詞しかないということは要するに品詞が存在しないということです。
品詞がないのだから、機能語と内容語の違いもありません。当然語彙化することになります。
たとえば"I saw her at the garden"はどう表しましょうか。
冠詞や数詞のような余計なものもありません。
構造としては"I did her, I see her, I place garden"となります。
日本語にすれば「私は過去に彼女を対格に取り、私は彼女を見、私は庭を場所とした」となります。
要するにSVOの繰り返しです。しかも重文形式を取っているので重複は省略できます。
したがって実際の形は"I did her, see, place garden"となります。
1人称をna、3人称をtuとします、仮に。同じく過去のdidをaとし、場所を取る動詞をkaとします。
残りの決めていない語はそのまま英語を大文字で流用します。すると上の文はこうなります。
"na a tu, SEE, ka GARDEN"
"I saw her at the garden"とほぼ同じ長さになりました。
SVOの繰り返しで不便のように見えても実はそうでもないということですね。
冠詞がない代わりに句読点が挿入されているので、便利度は相殺されて英語と同程度になっています。
それでもきちんと実用範囲内の長さに収まっているので、実用に耐えうる仕様です。
修飾は単純にアルカと同じく後置修飾にします。
たとえば小さい女の子はGIRL LITTLENESSです。
「少年が愛する女の子」はGIRL BOY LOVEです。関係詞などはありません。
受身も勿論SVOの繰り返しで表します。なにせ格でさえVで表される言語ですからね、当然受身などはVで表されます。
仮に受身動詞をsuとしましょう。そうすると"I was hit by her"は――
"na a tu, su, HIT"となります。「私、過去に行う、彼女を, 受ける, 叩く」という意味です。3重の重文ですね。
繋辞文はどうしましょう。アルカと同じです。SVCなどではなく、普通にSVO扱いです。
たとえば繋辞をtaとしましょう。これをVとして使います。
She's a girl=tu ta GIRL
否定は否定動詞noを使います。
She's not a girl=tu no GIRL, ta
或いは動詞が続いたほうがこういう文は見やすいと思うので――
tu no, ta GIRLとしたほうが見やすいかもしれません。
疑問は文末のイントネーションの上昇で表します。文法には介しません。
比較もやはりVです。Vといっても動詞という品詞はありません。
不定詞の性質を統語で区別しているだけですから単なる述語です。単に理解を促進するために動詞という言葉を使っています。
たとえばthanに当たる動詞を作りましょう。paで「SはOに勝る」という意味だとします。
すると"I'm taller than her"は"na pa tu, ta TALL"になります。
副詞は動詞の直後で修飾します。形容詞と同じです。
動詞の直後に来るのが副詞か目的語か分からないという批判は無意味です。
副詞は様態を主に表す語が来ます。目的語に来る単語とは質が異なります。解釈を取り違えることは非常に考えにくいです。
助動詞の類は動詞に戻します。
I can eat it=na CAN, EAT IT(私は可能にし、食べる、それを)
自動詞は「開く」「落ちる」などの語はSを形式主語のoにし、実際に開いたり落ちたりするものはOの位置に来ます。
The tree fell=o a, FALL TREE(何者かが、過去に行い、倒す、木を)。2重の重文ですね。
接続詞も前置詞と同じく語彙化します。
I like her because she is cute=na LIKE tu, BECAUSE o, tu ta CUTE
3重の重文です。2重目のBECAUSEはVです。重文で1重目とSが一緒なので2重目のSは省略されています。
2重目のOは1重目のtuとは異なります。なので形式目的語としてoを置いています。
BECAUSEは「SはOを理由とする」という動詞で、実際の理由は次の重文節に繰り越されています。
どうでしょう。SVOという統語情報だけで、つまりSとOの間に来るものがVという情報を利用し、品詞という概念そのものを棄却しました。
品詞がなくても最低限の統語情報だけでどうにかなるものです。
修飾に関しては人間の常識があれば分かります。たとえば「強く彼を殴った」というときに、強くが目的語だとは思いません。
仮にこれが「殴強彼」という語順だとしても、意味的に考えて「彼」が副詞になるはずはありません。
他の様々な構文や前置詞などの格表現も全て動詞化して表現しました。
このような述語論理学を髣髴させる徹底的な2項述語体系で言語を表すことができます。
しかも文長を比べてみると重文と省略を多用するだけで、英語と大差ありません。実用可能な範囲です。
品詞ゼロの言語でも工夫すればまぁまぁ実用可能な言語を捻出できるということです。
尚、修飾句をMとすればテンプレートとなるSVO構文はSMVMOMまで拡張できます。
S,Oに付くMは形容詞相当で、Vに付くMは副詞相当です。
形態的な変化がなく、語の統語上の位置だけで語の役割を示しているので品詞を立てていません。
アルカで名詞・形副詞・動詞の語幹などが全て不定詞とまとめられているのと同じです。
品詞を細分化しない見方、形態論優先の見方でいけば、この言語に品詞を立てる必要はありません。
その代わり、少なくともS,V,Oの3つは主語・述語・目的語のように統語上の役割を表す用語を持ちます。
ただ、「主語」という術語が言語学で品詞と見なされないのと同じく、この言語でも「主語」は品詞としては扱いません。
したがって、品詞を細分化しない見方でいけば、この言語に品詞はいりません。
「品詞はゼロで、主語・述語・目的語などの術語があれば済む」
こういう構想は統語が極めてシンプルな上、品詞性に関する形態が不変だからこそありえることで、自然言語には見られません。
また、「簡単な言語」においても品詞を命名したほうが理解は楽になります。
それでも今回あえて無品詞にしたのは、品詞を空気と同じように当たり前に感じている先入観を打ち壊したかったためです。
実際このような品詞ゼロという見方は、先入観の打ちこわしを強調させすぎた嫌いがあります。
あくまでこれは特殊な事例としてご覧ください。
音が9音ですが、お好みならもっと減らせます。母音3つの子音3つとかね。
それだとCVの組み合わせが4×3で12で、3音節で1728語。
3音節までで合計約2000なので英検3、4級、つまり中学英語は賄えるようですね。
4音節まで勘定すれば十分すぎる単語数が得られます。
恐らくこのような言語が人間が利用可能でしかも多分最も簡単な言語ではないでしょうか。
ただ、利用可能といっても快適というわけではありません。七面倒なのは言うまでもありません。
しかしながら、こういう思考実験というのは作者として一度はやってみるべきものだと思います。
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