アルカは特殊な言語だが、言語と文化の作成を分業している点も特徴的だ。
文化と風土はリディアの担当だ。そう決めたというより、自然とそうなった。

最初にリディアが絵を描いた。そのキャラに名を付け、やがて神格化した。
これだけで実は数年かかっている。

神ができたら神の居場所が必要になる。そこで風土ができる。
神がいれば悪魔も人もいるのが自然だ。神しかいないのでは、何が神か分からない。
そして彼らの様式の違いができ、文化ができる。

こうして徐々に文化と風土を獲得していった。
もともとファンタジーの設定を徐々に詳しくしていったものなので、幻想を語るのに適している。

彼女の世界では神も魔法も実在する。そのせいで歴史の成り立ちが地球と異なる。
録霊徒然草管理人Kakis氏は、たとえば産業革命はイルムスに書いてある環境だけでは起こりえないと述べた。
彼は恐らく史学科の出で、それは正しい見解だろう。

一方フゥシカは「地球で起こった一回限りの歴史を異世界に適応するのは賛同できない」と述べた。
まして魔法と神がある世界なので、地球が産業革命に求めた環境を、アトラスも求めるとは限らないとのことだ。

他方、リディアはまた違った見解をしている。

アトラスの技術は地球から見るとしばしば飛躍的だ。
テレビがないのに今の地球にもないアンセがあり、立体ホログラムも電子インクも備えている。
Kakis氏は2007年頃の科学水準をベースにしていると述べていたが、少し違う。

リディア曰く、アトラスの技術は「人の理想」を映したものだという。
恐らく今日の日本人も2000年前の日本人も、通信機を作ろうとしたら、何を最上とするかは同一なはずだ。
それは相手の顔が見え、声が聞こえというもの。従って手紙もメールも電話もしょせん不十分な技術でしかない。
われら人類がほしいのは、ホログラムで相手が立体化され、色が付いていて、声も明瞭に出る通信機だ。
でもそんなものを一朝一夕で作れないから、前提技術としてメールなどが出る。

アトラス人は、そんなものはいらない。はじめから欲しいものが欲しい。
それをかなえてくれるのが魔法だ。だから太古の通信魔法はまさにアンセであった。
ところが、次第にアトラス人は魔法を失う。そこで夢をかなえてくれるのが少女ナユだ。
ナユはアトラスの虎の巻で、「死なない+レオナルド=ダヴィンチ+エジソン+アリストテレス」な存在だ。
彼女により、前提技術を無視した「人の理想」が主にアルバザードに伝播される。
従ってアルバザードは常に最強の国家であり、人々は「人の理想」の体現を享受できる。

リディアにとって、前提技術は興味がない。ほしいのは人々が夢見る技術の最高形態だけだ。
「わたしの夢をかなえてくれないものに、興味はないの」
――ということだろう。

太古では科学が発達しているのに無理があったから、魔法でテレビを作った。
科学的なテレビが出てくるのは何百年も経ってからだ。
例えばアトラスには馬車の時代からテレビがあった。魔法仕掛けのテレビだ。
これはやがて機械仕掛けのテレビになる。

例えば薬なら、飲めば治るものにしか興味がない。
移動手段ならどこでもドアにしか興味がない。
共産主義がいいと思えば強力な力を持った魔法使いが腕力で物を言わせて数年で共産圏を作る。
民主主義が必要だと思えば数十年で選挙制度が開始される。
現代社会が腐ってると思えば数年で強力な魔導師が世界の軍隊を動かして革命を行う。
それこそが彼女にとって気持のよい正しい世界で、それが彼女の見た夢だ。

もちろん彼女はそれが現実にはありえないことを知っている。
だからこそ、アトラスは夢を語るのに適した舞台なのだ。
「現実がつまらないことは誰でも知っている。だから夢があるんでしょ?」

だけど大人は頭がいい。まるきり理屈に合わない夢には引かれない。
そこで彼女は本を読んで、地球の歴史や科学を参考に、できることとできないことを決めていく。
例えばどこでもドアは彼女は諦めた。だからどこでもドアの前提条件でしかない飛行機がアトラスには残っている。
ちなみに、どこでもドアは魔法使いの時代には魔法という形で存在した。

だが、共産圏がいいと言って明日にでも作ろうというのは、核爆弾並に強力な魔法使いのリーダーさえいれば可能だ。
アトラスは魔法が滅んだ科学の時代でさえ、一部の人間は魔導師で、強力な力を以って国や団体を支配した。
彼らがワンマン政治をふるうため、アトラスの歴史は巻きが早い。

歴史考証をもっと細かくしていけば、より地球っぽい歴史は当然作れる。
ただ、問題は彼と彼女がそれに魅力を抱くかということだ。
アトラスというのは彼らが「こうだったらいいのになぁ」と思い描いたものだ。
地球の歴史というのは、王様でさえ銃弾一発で死んでしまうサルによって作られたものだ。
そして彼と彼女はどちらも「自分はこの世で特別な存在だ」と真剣に思うタイプの人間であるため、そのようなサルを嫌う。
特別な自分とその周囲の選ばれし選民が人生の意義を持って生きられるよう作られた世界に魅力を感じる。

それゆえ、地球の歴史を参照にしすぎると困るのだ。
まずアポステリオリになってしまう。
その上、そもそも自分たちにとって心地よくない。
その結果、「まぁ魔法と神とナユさえいれば、この心地よい世界がリアルな幻想だと説明がつくだろう」と考えている。
恐らく、この世界は歴史家とは相性が悪い気がする。

彼女は自分を迫害しつづけた人々への恨みつらみを、自分の理想郷を作ることで発散している。
それが例えばミロク革命だ。ミロク革命をナチスに譬えて細かく設定すると、リディアの思うようにストレスを発散できなくなるだろう。
歴史が地球っぽくなることにより歴史家はニッコリだろうが、リディアは「つまんない」になるわけだ。
要するに自分の気に食わない人間をいかに収容所送りにしたかを彼女は書きたいわけだから、自分の脳内で「まぁリアルな幻想だろう」と思える根拠を探しているにすぎない。

この辺は非常に女らしいと思う。男は客観的な正しさを求める。
若い女は男に自分のことを愛しているか常に確認しないと気が済まず、それが確認できればたいていのことはどうでもいい。
自分にとって彼の愛情がリアルならば、それでOKというのが女だ。

彼女にとっては、興味のない地球に近付くことは夢を壊すことなので、慎重に接するべきことなのだ。
逆に、彼女にとっては、「仮に神とかがいたとしても、AとBは矛盾するので、この歴史はリアルじゃない」というのが一番怖い。自分の夢が崩れるからだ。
それを排除するために、彼女はいろいろ本を読んで「うん、このくらいならナユにどうにかしてもらえばどうにかなるわ」と思ったものを通過させている。
彼女はとても不安の強い少女だったので、矛盾点の有無についてはずいぶん調べたはずだ。そしてナユフィルターを通過したものだけが、イルムスに残ったわけだ。

ただ、彼女の夢の観測者はせいぜい彼とメルと一部の使徒と一部のハルヴァとKakis氏くらいなものだ。
そしておそらく史学専攻はKakis氏しかいなそうだ。なので、もう少し氏の言い分を聞いてもいいように思う。
と思って伝えてみたのだが、氏の案は基本的に彼女のナユフィルターを通過できなかったようだ。
例えばミナリスほどの暴力があれば、選挙制度はあの程度の年月で実現できるというのが彼女の主張で、氏の見解は彼女の魔導師フィルターを通過しなかったようである。

言語に関してアルカの作者がアスペクトやら何やら極めてフィルターの少ない対応をするのに対し、文化と風土の担当者は極めて強いフィルターを持っているように、思える。

ふむ、作品に性格というのは顕著に現れるものだな。
もし彼女が言語の担当だった場合、アシェット内部でうまくやっていけたろうか。
否。彼女は努力家で頭も良くてその上美少女だが、純粋すぎる。
もし彼女が言語の担当者だったら、ルシーラ代理として既に何度も総すかんを食らっているようなことが、アルカにも起こっていたはずだ。
恐らく言語の作者というのは、アルカ作者のようにコツコツやるど根性と、人の意見を取り入れる耳が、必要なように思える。