・反面教師

結局今日も明日も仕事……。まぁ、そうだよね……。
胃が気持ち悪い。昼飯抜きだし。

で、今日は凄い一日だった。
27年生きてきて、最低な人間に会った。今までダメ人間ワーストはウチのばあさんだったが、初めて上を見た。
05年ごろの俺よりクソ人間がリアルにいることに驚いた。

4時間ほど話していたんだが、ずーっと人の悪口と自分の自慢しかしない。
そのくせ自分は社会貢献に勤しんでいるというような論調。

その他ダメっぷりがエトセトラエトセトラ。断りなしにタバコを平然とぷかぷか。これ基本w
「ニートは甘えてんだよ、何も努力しないからセックスもできないし、子孫も残せないんだ」などと豪語。
しまいにゃ腰ぎんちゃくに「俺は金がある。俺って女にモテるだろ?なぁ。そうだろ」と詰め寄る始末。
俺はというと、苦笑で「えぇ」「あぁ」「そうですか」としか言えんかったw

経営というのは知性と品性がなくてもできるやつはできるんだなということを知った。
と同時に、自分は心底こういう人間が嫌いだなと気付いた。
言語学の話になったが、「言語学なんて何にもならない。勉強した時点で負け組」と豪語。人工言語なんて況や。
それ、少なくとも社会人として俺の前で言うなよと思うが、そこら辺を豪語する。流石ワースト。

まぁ、書くとキリがないくらいその後も「あそこはダメだ。あいつはダメだ、〜がない。俺は凄い。俺は〜がある」などとずーっと話してる。
何かにつけて旗色が悪くなると「俺は勝ち組だから正しいんだ」の連呼。
「俺は人に好かれてる。金を持ってるやつは好かれる。貧乏やニートや負け組は人に嫌われてるから貧乏なんだ」とご高説。
こいつから金を取れば、ご自分がいかに人からお慕い申し上げられているか、現実が見えるわけだがw

「これからますます大変な世の中になる。俺は勝ち組だから安泰だけどね。
 ほかの連中は大変になるだけだし、辞めたところでブラックにしか行けない。でも俺は苦労したからいいんだ」だそうだ。
18くらいの俺ならユベールかましてやろうかとか思ったのかなぁ。大人になると「はぁ、そうですかぁ……」という風にしか思えなくなるんだよな。
きちがいは大変だなぁ、こいつ、今のうちだけだな、そんな甘えたこと言ってられんのは、とか代わりに思うわけで。
これが純粋さを失った人間の姿なのかね。相手に怒るということは、それだけ真正面から受け止めないとできないことだから。

そんなのの相手だったので、帰りに疲れてぐったりしてたんだが、いい勉強になったと思ったよ。なぜかって。
いやね、けっこう俺に似てるやつだったなと思ったから。

自己愛性人格障害なんだろうな。確かに金は持ってそうだった。地位も。
でも、それだけ自分を必要以上に誇示しないと精神を保てないということは、相当劣等感の塊なわけで、それはさぞかしつらい人生だろう。
自分にも鞭打って働き、その結果を誇示することで初めて安心するタイプ。いつまでも気が休まらない。

俺って周りから見たらこんなやつなんだろうなと思ったわけです。
「人工言語は高尚なんだ」とか言って自分の経験が正しいと押し付けたりね。
それで問題ないと思っていたけど、蛍がいなくなっておかしいと気づき、社会人になってまたおかしいと気づき、でまた最近さらにおかしいと気づき、年々丸くなってきてはいる。

ただ、まだ傲慢なところというか、不安になりやすく自分を誇示しないと安心できないところがあって、それで嫌われることが多い。
なんて思ってたんだけど、今日の出来事で反面教師を見た結果、一気に気付くことができた。これはまずい、と。

アルカっていうのは確かに類まれな精神病によって生まれたものかもしれない。
だけど、もうできちゃった以上、育てるのには精神病は必要ない。
人と協力してかなきゃこれ以上の作業は無理だし、そしたら俺側が自分を変えないと、きっとこれ以上は進めない。

それはネットでも言えるし、それ以前にアシェットでも言える。
実感したよ、今までの俺のままでは、ルシアが大きくなったとき、話したくもない頑固ジジイになるんではないかと。
寒気がする。
アルカだけじゃないな。こっちでの仕事でも同じことが言えると思う。

で、具体的にどうしようか考えたんだ。
今日のあいつは金も地位もあった(と思う)。でも、最低な人間だった。
ってことはだ、いかに自分に鞭打って成功しても、あの性格だと幸せで安らかにはなれないということだ。
いかに成功しても、自分の性格が自分を苦しめている。それは不幸だろうな。
もちろんあの性格であいつ金までなかったら目も当てられない。

となると、一番重要なのは、その性格を是正することではないか。
不安を解消するために自分を誇示し、ときには誇張までして嘘を吐く。
相手を蹴落として自分を持ち上げて勝った気になる。それのみが魂の平安。その心が不幸の元なんだろう。
「人が何を持ってないか」ばかり見るやつは生きるのが苦しい。
「この人はこれができる。あの人はあれができる。大した人材は自分含めていないけど、でも、みんな集まってればそれなりに幸せにやってける」というような考えが必要なのではないか。

多分、リディアはこれができてない。俺も。
アシェットにはまともに学生生活をしてれば相当上の方にいけたんじゃないかなという頭脳の持ち主が何人かいるので、どうしてもオールオアナッシングな思考になってしまう。
「メルは天才、それ以外は大したことない。メルの言うことなら合ってる」みたいな考えでいると、実際メルみたいなのはレアケースなので、メルとばかり比べてしまい、みんなバカに見えてしまう。
そんな団体、機能するわけない。だからアシェットはギスギスしていたのではないか?
それは当時の俺の間違いだったな。できるやつをただ褒めるだけでは、みんなが劣等感を持ってしまう。
俺の言語作りもそんなんだったんじゃないの?アルカは選民な匂いがプンプンする。

その考えでやってけるうちはいいとして、気付いたら自分で自分に鞭打たせて苦しめる思考になっていくんだろうな。
いま27なんだけど、読者って何歳なのかな。結構社会的には27ってやり直しが効かない年ですぜ。
俺は社会的にはもうやり直しが効かないけど、人間的には努力次第で希望がある。
社会は人間を経歴だけで弾くけど、自分は自分を諦めない限り、いくつになっても弾かない。

今日のはいい経験になった。
俺の05年の性格では、仮に成功してもこいつになってしまい、失敗するんだって思った。
このまま漫然とがむしゃらに頑張るというのがまずいんだということに気づけた。
自分で自分を苦しめる思考を捨てるのが先だなと思う。いらないプライドを脱ぐとかね。

きっとその眼で見れば、アルカも変わっていくんではないかな。
アルカの抱えているギスギスした感じがなくなるのかもしれない。
例えば俺はここ数年で「高尚」にそれほどこだわらなくなったんだけど、ちゃんとアルカも高尚さが減ってるわけだ。
n対などを含む哲学的だったものが、もっと泥臭くなってる。メタファーなどの感性に訴えかけるものを排他していたのに、新生では重視するようになったりとね。
人間が物をどう見るかとか、人がどう感じているかという点を見るようになったからかもしれない。
単にソーン側の流れに合わせただけとは、なんとなく思えない。

長くなってしまったけど、今日のことでほかにも思ったことがある。
高尚というのは自分のモチベーションとしては別に悪くない。
ただ、やっぱり人間というのは人と仲良くやって、楽しく過ごしているのが一番なんだなということ。
肩肘張るより、なんか好きなこと小説とか書いて、レスをしたり、たまに昔話したり。そんなのが幸せなんだろうなぁ。

最近はとても楽しい。ネットに入ったころはずいぶん叩かれたし、嫌なことも多かった。
まぁ今でも叩かれるけどw ただ叩く方もよくできたもので、俺が打たれ弱いのを知っているのか、なんだか気を使った言い方をしてくれているのが伝わってくる。ありがたいです。

商い三年というように、今は3年してずいぶん慣れてきた。
周りが俺に慣れてきてくれたというのも多分にある。
少し活動が落ち着いてきたのかな。土台ができたから、あとは着実にこつこつ頑張るしかないね。

さて、リディアの書、がんばります。
で、今日のBGMはこれでつm(_ _)m
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1011276
4分から始まる曲がおススメよ。