セレンとリディアは音楽に疎いため、人工文化を作る際に知人の協力を得た。
聞いたのはプロの音楽家から幼馴染まで、幅広い。

プロといっても太鼓判というわけではない。
あくまで地球の音楽のプロなので、「ゼロから音楽理論を作ると言われても……」という感じだった。
やはり餅は餅屋というか、アシェット内で音楽をやってる人が一番有益な情報をくれた。

いちいち誰がどう言ったと書くとキリがないので、以下では伝聞調を使用しない。
なお、この記事の執筆者はセレンであるため、音楽用語に拙いところがあるかもしれないので、あらかじめ断っておく。
特に、今回はフゥシカの知識に助けられたので、この場で謝辞させていただく。

楽譜


人類は古い時代から楽器を用いたが、楽譜として残すようになるのは相当後の時代だ。
西洋の場合、教会の権威や活動といった宗教的な理由により、楽譜は発達してきた。
なんらかの必然性がなければ、人類は楽譜を発明しない。

楽器の歴史


人工文化の音楽では、まず音楽理論以前に、その民族がどのような楽器を使っていたかを考えるべきである。

人類は通常打楽器を最初に手に入れる。
しかし、打楽器はふつう音程を出さないため、今の五線譜は生まれえない。

次に原始的な楽器は弦楽器である。
弦の特徴は、音階が無段階調整という点である。

弦の次に管楽器などができる。
最もなじみの深いピアノなどの鍵盤楽器はかなり後のほうの時代に登場する。

どの時点で理論を立てるか


問題は、人工文化がどの時点で音楽理論を作ったかである。
打楽器しかないころから音楽理論があったとは考えにくい。
数学的な知見を必要とするので、弦楽器さえ発見されていない原始的な社会で、音楽理論が確立されるとは考えにくい。
音楽理論を立てるのは、弦〜鍵盤の間のいずれかと思われる。

アンティスの場合、音楽の神が存在するので、原始的な社会の時代がなかった。
そのため、神の時代から音楽理論が存在し、学問の母ナユたちに引き継がれたときには鍵盤楽器と音楽理論が既にあったと思われる。

ただ、アルカの神は学問を大成しない傾向があるので、学問として大成させたのはナユになる。
すなわち最低でもアズゲルの時代以降である。

音階


アンティスは12音階である。
アプリオリとしては西洋音楽を盗用したと言われるわけにはいかないので、なぜ12音階になったかの理由を記しておく。

音階というのは、ある音とその周波数を倍にした音の間をいくつに区切るかという問題である。
たとえば10に切ってもいいはずで、実際24に切ったりする文化もある。
なぜアンティスは12分割なのか。

ひとつめは文化的な理由。
音楽理論ができた神の時代、神々の長がアルミヴァの12神であったため。

ふたつめは以下のような音楽的な理由。
弦を用意し、鳴らしてみる。当然音が出る。
この弦の半分の長さのところを押さえて鳴らすと、振動数が倍になり、次のオクターブの同じ音が出る。

つまり、弦を1/2にすると次のオクターブが出る。
1/4にすると次の次のオクターブの音が出る。
1/1では当然のことながら、最初と同じ音が出る。

では1/3にしたときはどうなるか。
1,2,4で弦を割ると、結局オクターブが違うだけで同じ音が出てしまう。
では、すっぽ抜けている数である3で割るとどうなるか。
この場合、5度高い音が出る。
ドを1/3にすると、5度高いソが出る。

5度上げたところからさらに5度上げるというのを12回繰り返すと、元の音に戻る。
つまり、ドから始めれば、ドに戻る。いわゆる5度圏である。
地球の自転がきっちり24時間でないのと似て、正確には元の音に戻らないが、おおむね12回で1周する。
これがアンティスで12が選ばれた音楽的な理由である。

分母が4以下の整数で考えると1,2,3,4しかない。そして1,2,4はすべて元がドならドの音にしかならない。
よって、同一のオクターブの中で元の音に回帰しないものは分母が3のときしかない。
そして1/3で弦を区切ると上記のような5度圏が出来上がり、12回で一周する。
ここでも12が特別な数となり、アンティスの12音階との関連が示される。

ちなみに、5度圏で12回というのは、十二支の十干で還暦が60年というのと数学的には同じ。
日本でも見られるありがちな公倍数を用いた方法なので、この点で見てもアンティスが西洋のアポステリオリという非難から遠ざかる。

幹音


12音の中から7つの幹音を選ぶのは必然ではない。
西洋でもドレミファソラシドの7つを幹音として用いない手法が存在した。

しかし、この7音は恣意的に抽出されたわけではない。
和声学を研究していった結果、主音から数えてどの位置に半音程が入るかが定まっていった。
結果的に全全半全全全半が選択された。

そしてハ長調を中心としたときに、この7つの主役となる音を前衛に出したのが、現在の白鍵の配列である。
主役でない残りの5つは後衛に押しやられた。

アンティスでは――必然でなく偶然の一致という説明に留まるが――この点は地球と同様としている。

最低音


西洋音楽は古代ギリシャの音楽理論に影響を受けた。
ギリシャではAの音が最低音とされた。
そこで、ドでなくラのAが最低音となった。
そのせいでCが中心な現在でも、最初のドの音をAでなくCと呼んでいる。

しかし現代の音楽ではA以下の音を平気で使う。
Aが最低音である必然はない。そこで、アンティスでは最低音が地球と異なり、Cである。
ギリシャのAより高いCでなく、低いほうのCだった。
音楽の神は声楽の神flafaが、ギリシャの最低音Aより低い音を必要とし、最低音をCとした。
12音のうちCが選ばれたのは、flafaの個人的な選択としている。

従って、アルカではドをきちんとAと呼ぶような環境にあり、理解がしやすいことになる。
なお、レイユの時代ではこのCよりさらに低い音も使うので、最低音としての機能はもはや廃れている。

なぜCが中心か


旋法には様々なものがあるが、収斂していくと長調と短調に大別できる。
このうち、神々は明るく聞こえる長調をメジャーとした。
このとき主音になるのがCなため、Cが中心と考えられるようになった。

アンティスの場合、この理由のほかに、最低音がflafaによってCとされたため、Cを中心として考えるのが妥当とされた。
最低音かつ基準音がCであり、神々が明るい長調を好んだ以上、白鍵の配列が地球と同じになるのは必然である。

短調好きなアルバザード人


一方、アルバザード人は暗い曲が好きで、長調を好まない。
しかし神の時代にハ長調中心に音楽理論が作られたため、ナユもそれを踏まえて学問を作った。

なぜピアノは白鍵12個にならないのか


以上から、アルバザードのピアノは地球のものと基本的に同一である。
ところで、なぜ白鍵12個ではいけないのか。黒鍵なんていらないようにも思える。
これにはいくつか理由がある。

1:幹音と非幹音を分けたい。
2:白鍵12個だったらそもそも指が届かない。もし指を届かせるために12個すべての白鍵を細くしたら、今度は弾きづらい。

ハ長調は弾きにくい


地球だとハ長調は楽譜が読みやすいが、弾きにくい。
アンティスでもピアノの形は同じなので、ハ長調は弾きにくい。
これはハ長調が手の構造上弾きにくいためであり、異世界でも地球でも同じことがいえる。

鍵盤の色


アンティスのピアノは鍵盤の色も地球と同じなので馴染みやすいが、本来白黒である必然はない。
ならばなぜ手前が白で奥が黒なのだろうか。

鍵盤はハ長調の幹音が手前になるように作られている。そして長調は明るいとされている。
短調にして全全全半全全半にすると、ファ#の部分で奥を使う。そして短調は暗いとされている。

つまり、手前だけで弾けるのは短調ではなく長調である。
そこで、明るい長調を白で表現した結果、地球と同じく手前が白になった。
他方、暗いは黒で表現されたため、黒鍵になった。

なお、これは中心がハ長調だからこそできる芸当である。
ラから弾けば白鍵だけでも短調が弾ける。これを以って手前の鍵盤を黒にすることもできるだろう。
しかしそうならないのは、中心がハ長調だからである。

アンティスの楽譜


アンティスではピアノの構造までは同じだが、楽譜は異なる。
すべて西洋と同じなら楽なのだが、五線譜はそうではない。

最低音や旋法の関係上、ハ長調を主とした鍵盤の配列があるため、西洋音楽と同じになったのには、それなりの合理的な理由がある。
しかし、五線譜にはそうなるべき合理的な理由がない。五線譜はそもそも読みづらいからである。

人類の場合、神様より頭が良くないので、最初から合理的な楽譜など作れるわけがない。
暫定的に作ったものが徐々に改良されていくだけである。
そしてある程度の実用レベルになってしまえば、多少不合理でも流布される。
そして人工言語が広まらないのと同じ理由で、単にそれに慣れているからという理由で、不合理な楽譜が全体に広まる。
それが現在の地球の楽譜である。

アンティスの場合、神やナユが始めからテコ入れできるので、合理的な楽譜が最初から作られることになる。
神が実在する世界である以上、むしろそうでないほうが説明がつかなくなってしまう。


アルカの楽譜はこのようになっている。(手書きで失礼)
http://cid-dd6eff55a81cbf67.skydrive.live.com/self.aspx/arka/lem1.png
↑ドレミファソラシドを二分音符で並べたもの。
http://cid-dd6eff55a81cbf67.skydrive.live.com/self.aspx/arka/lem2.png
↑音符の長さ。コードや和音の書き方。幻字の歌の一部。

細かい説明は省いて、要点を述べる。

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↑こういう感じの四線譜上に音符を置く。

・上下の線で1オクターブを表現する。ト音記号やヘ音記号などは不要。
・上記の区間を重ねることで、次のオクターブを示せる。
・下の線上にはドが来る。上の線上には次のドが来る。
・線と線の間に浮いているのはミ〜ラまで。
・半音ごとに○を付ける。幹音はファ以降○が付くことになる。

・幹音はソームで示す。12音階はアルミヴァで示す。
 ただし、楽譜上では音階は音符の高さや○で示される。

・音符にはオタマジャクシではなく数字を使い、何分音符かを示す。
 数字は全音符を2で分割した回数を指す。
 0とあれば全音符を1回も割らなかったのだから、全音符のまま。
 1で二分音符。2で四分音符。
 付点記号はピリオドの代わりに、数字の上にアクサンテギュを付ける。

・音符の旗は存在しない。
・音符自体に音の長さが書いてあるが、演奏時の便宜を図って、4分音符なら小節の1/4刻みのところに置く。

・和音である音とその半音上の音を同時に弾く場合、たとえばドとド#を同時に弾く場合、囲みを□にする。