・偽善要素を捨ててリアルにアルディアを考えていくと、そこにあるのはぐぜでなく征服欲

子供のころ、異世界で魔法を使って世界を救いたかった。

――んだが、冷静に考えて自分にできただろうか。
魔法が使える世界に行ったとして、はたして自分は世界を救っただろうか。

冒険っていうのはロクなもんじゃない。
昼夜を問わず山道を歩くこともある。アルディアでケートイアを越えるときは飛べずに歩いていった。
当然脚は痛いだろうし、食事もままならないので胃も痛いだろう。寝るときは虫に襲われるし、蚊が邪魔で眠れない。

今の日本でニコタマあたりでテント張ることすらできない俺が、山でロクにテントもないところでキャンプできるか?
できるわけない。超軟弱な俺が耐えられるはずがない。

それに、現実のリディアには惚れたが、その世界のリディアには惚れたか怪しい。
考えてみよう。進軍中は当然風呂も入れないし、歯磨きもない。
ってことは神話のリディアは汗だくで体臭を撒き散らし、歯も磨けないので口臭があるし、食事が定期的に取れないので空腹時口臭もあるだろう。
リアルに考えると抱くのもきついし、esseはなおさら厳しい。wemとか無理すぎる。だがそれをしないと神話中の恋愛が成立しない。
化粧なんてもってのほかだから、泥だらけの顔で歩いていたことになる。
……うーん、それだったら異世界に行く前の日本のクラスの女子のほうが可愛かったことになるよな?
じゃあ、好きになってなかったかもしれない。

それと、格闘技の組み手だってそこそこ痛いのに、剣で斬り合うとかバロスすぎる。
怖くてやってられん。
大体急行電車に乗るだけで途中止まったらどうしようとか不安になって腹痛になる俺が魔族と戦うときにガクブルしないなんてありえない。

また、根本的に自分を犠牲にしてまで世界の人を救うようなキャラじゃない。
そんな聖人、そうそういるもんか。

リアルに考えると、俺は異世界に行ったら足が痛いだの胃が痛いだの蚊がうざいだの言って倒れて終了な気がする。
また、世界を救う気もないと思う。俺の場合、ふつうの人と同じく、「自分と自分の周りが幸せならそれで十分」という考えだからだ。
さらに、泥だらけのヒロインを好きになることもないだろう。

だから、アルディアの自分達は偉かったんだなぁと感心した。我慢強いんだな。
日本語でも「臭い仲」というし、その世界のリディアとesseしたということは、相当そっちの俺は彼女が好きだったに違いなく、絆も強いに違いない。
――だとしても自分達は世界を救っただろうか。そういうキャラじゃないよなぁ。
苦労して山道登って命がけで戦ってきたからこそ、自分達が立身出世したいと思うはずでは?
大体英雄なんだからテストステロンが強く分泌されているはずだ。

アルディアの俺は苦労をしたおかげで現実の俺より逆に頑固で体育会系で頑なだと思う。
英雄の性格を考えると、苦労をした後には「だから俺は凄い。お前らもやれやゴルァ」というタイプがほとんどだから、アルディアの俺もそうだった確率が高い。
となるとアシェットは「こんな苦労した俺たちは世界で英雄として崇められて当然」という発想になったと思われる。特にセレンとリディア。
大体地球の歴代の王や英雄もこういうタイプが多い。

さて、そうなるとアシェットは結果的に世界を救っただけで、彼らの目的は出世と世界征服だったのではないか。
悪魔を追い払いました、そして王位につきました、という名目で世界を征服したのではないか。
そりゃそうだ。アデュで地獄を見たり子供のころから少年兵として戦わされてきたら、さぞ歯を食いしばって生きてきたことだろう。
いつか大きくなって見返してやると思わないと生きていけなかったろう。

それと、基本的に純粋なタイプの性格のセレンが、ユーマの一族を救うべき綺麗な生き物と思ったか、はなはだ怪しい。
旅の途中で人間の黒い部分も見てきただろう、アデュのように。アデュを見てまで人類を悪魔から救おうと考えただろうか。
リアルにシュミレートしてみると、無い。ありえない。アデュを見たら、世の中には救えない人間がいるということを理解する。
だから、神話の初期のほうで、俺は「善なる人間だけを救おう。その前に悪魔を払おう。そのためには力が必要だ」と考えたに違いない。

そんな少年がやがて国防の地位に就き、悪魔と戦うようになる。
アシェットは徐々に有名になっていく。このとき俺は何を考えていただろうか。
全人類の保護?違うな。それはリアルじゃない。リアルにシュミレートすると、あらゆる為政者と同じ、「自分の正義に合う人間の保護」だろう。
言い換えれば世界征服だ。
そのためには自分達アシェットという小集団の名をもっともっと挙げ、権力を得ることが必要だった。
そう考えるほうが「人類を救う」という非リアルで幼稚な設定より現実的だ。綺麗事はナシだ。

さて、結局アシェットは自分達を絶対の正義とし、人類の保護の名目で世界征服をしたかっただけになる。
さぁ、じゃあ俺はどんな手段で世界征服をしただろう。
自分がやるなら何を征服したい?まず金。次に軍。そして思想だ。
思想はすべて言語で行われる。ならば言語を征服すべきだ。
全国民が自分の作った思考ツールで思考することは、根本的に思想を征服することに繋がる。

それだったんじゃないか、俺が新生をアルディアで作ったのは。
自分達の意思を伝え、自分達の思想を根底に埋め込むには、言語を征服するのが最初のステップだった。
言語を作り、神の世界含めて広めることで、人間の時代、いやアシェットの時代を作りたかったのではないか。
神すらもフィルヴェーユ語を捨て、アシェットの論理に従う。全人類もひとつの言語で統一される。言論征服といっていい。
アルディアの俺が多言語団体のアシェットにいたら、必ずそう考えたはずだ。

そこで俺は新生を作り、こうリディアに教唆したはずだ。
「今度テームスが暴発するとき、俺らが仕事で防御魔法を作るよな?
 リディア、お前が防御魔法のサーバになるだろ。全世界から祈りの力をいったんお前にプールし、それを防壁に変換して祈者に還元することになってるよな。
 サーバのお前は作業を効率化するため、一度にひとつの言語に対応するから、何語で呪文を書くかで悩んでるだろ。
 で、その呪文をフィルヴェーユやアルバレンじゃなくて、アルカで作れ。
 俺達の言語に従った人間だけが生き残れるんだ。
 これで合理的にウチの反対派を始末できる。テームスを利用して、世界は俺とお前のものだ」

それに対し、リディアは嬉々として従ったはずだ。黒いなぁ。
でも、リアルに考えるとこんなもんだろ。誰が単なる慈善事業で山道登ったりアデュ行って命かけて人なんか救うか。
自分が権力のトップに立ちたいから命かけるんだろ。見返りがないと人は動かない。
今までは慈善事業だったが、リアルな歴史として考えるとうそ臭い。


うん、そうか、そういうことか。
つまり神話の俺は苦労をして性格がさらに捻じ曲がり、「こんなに苦労したんだから俺らが天下を取る」と考えるようになったと。
そこで経済支配・軍事支配だけでなく、言語による精神支配も行おうとしたと。

そもそもアルシェはソーンと和平したことにより、自分達の言語制アルカを作っていた。
しかしエンナちゃんに配慮して新生を作ったと。
で、その後精神支配をしていく上で、このローカル言語の新生を国際語にしたいと考えるようになったと。
反対勢力は当然いるが、こっちも社会的立場があるので、従わない奴をどう善人ヅラしながら排除しようかと考えたわけだ。
そこでテームスの波動の件が出てきて、これ幸いとばかりに防壁を新生で作り、無理やり世界に新生を学ばせたと。
神すら当時のリディアに勝てないのだから、リディアの「アトラスとアルフィを守ってほしいなら、私たちの方針に従いなさいよ!」という脅しに負けて新生を受け入れたと。
もちろん表向きには神だから、御輿天皇と同じくリディアはしたでに出ただろうが、神は実質脅迫されて新生を受け入れたわけだ。
リディアは神の知名度と威光を活かして新生を世界中に広めた。錦の御旗を手にしたら、後は早いだろうなぁ。
で、できないやつは自動でアボンだから、ローカル言語でしかなかった新生は一気に世界に広まり、あっさり国際語に。
もともと新生はローカルでしたということにしないと、miik,diaik,serik,lisikなどが語彙に含まれる合理的な理由がなくなる。

こうしてアシェットは言語支配を行った。
そして悪魔を倒す中で軍事力をさらに増強し、経済力もつけていく。
最後は各国の王位に就き、経済・軍事・精神面でアトラス全土を支配。
利権者のアシェットは笑いたい放題。
あぁ、なるほど。慈善事業よりよっぽど納得できる歴史だな。
そしてこんな力技だから、しょせん自分らが死んだ後はあっさり世界に裏切られてまた方言化が始まると。
力で押さえつけた相手には必ず刺し返されるものだ。しかし押さえつけなければ征服はできないし、逆に自分が押さえつけられるのだ――誰かしらに。

こうしてアルディアが終わり、シオンやミロクの時代へと繋がっていくのな。
あぁ、理解できる。このほうが歴史だ。