地球の場合は『銃・病原菌・鉄』式の発想が有用だが、あれになぞらえると、アトラスの場合は「神・魔法・飛空」となるだろう。

古い時代は人間も空を飛べたし、アルディアになってもランティスは飛べた。
その後のナディアになると大航海時代が来るので、文化的な隔絶は弱い。

もしヒトが千倍速く走れたとしたら、あるいは地球のサイズが1/10だとしたら、当然今のような文化の多様性はない。
徒歩ではせいぜい時速5km程度という制約や、高い山は越えられないという制約があるからこそ、人類の文化は多様だ。
もし気軽に空が飛べれば、あるいは魔法で暖を取ることができれば、ロシアには早くから王国があったろう。
ナポレオンが山を越えるまでもなく、とっくにフランス人辺りがロシアに住み着いたはずだ。

アトラスでは人が飛べたので、行動範囲が広く、文化の多様性は少ない。
国家が成立したアズゲルとカコにおいて、人類は時速約50kmで飛ぶことができた。徒歩の10倍である。飛ぶということは直線距離で移動できるため、実際にはもっと早い。
つまり、地球と同じサイズのアトラスでも、体感的には1/10である。従って、文化的な変質も1/10程度に収まる。言い換えれば、飛べることにより、地球より画一的な文化分布が出来上がる。
空が飛べたことにより、地球と同じサイズでも、文化の多様性は面積的に言ってユーラシア大陸の一部程度の規模になるべきだ。

またナディアでは植民地政策が、ミロク革命では第三国の迫害がそれぞれあったため、文化的な多様性は地球以上に殺されてきた。
とはいえ、一元的な文化もまた存在しない。南半球は人為的な政策でかなり文化が画一したが、北半球は比較的多様である。