言語と文化と風土がアプリオリな言語のことを「言語と文化と風土がアプリオリな言語」と呼ぶのはなんとも煩雑なので、名前がほしい。
しかし良い案が浮かばない。全アプリオリ言語では分かりにくい。有文化アプリオリでは、アポステリオリの文化を持った言語も含んでしまう。
何と名付けるべきか分からないので、暫定的にアルカ式と呼ぶことにする。(すてきな造語を思いついたらぜひ教えてください)

さて、アルカ式は演出型の新しい形態で、21世紀に初めてできたものだ。(古アルカはこの域に達していなかったので含められない)
異世界物をリアルに作りこんでいけば、文化や風土もアプリオリで作りたいという発想になる。
この発想自体は難しくないので、アイディアとしては19世紀や20世紀にもあったのではないかと思う。
しかし、実際には作られなかった。ここではその理由について考察する。

1:需要がなかった

演出型は小説の言語として使われてきたが、小説にとって一番大事なのはストーリーだ。
言語はスパイスでしかないので、言語にそこまで労力をかけられない。
読者はストーリーを読みたがるので、スパイスにそこまでこだわらなかった。つまり、需要がなかった。

アルカの場合、アルカ式でやってほしいという特定の需要があったため存続した。
たった2桁でもユーザーがいれば、作者にとっては十分な需要だったということだろう。

2:人工言語が言語学の範疇ではない

アプリオリで言語を作るということはゼロから作るわけだから、言語学の知識が要る。
知識がなくても適当になら作れるだろうが、恐らく言語としては不自然なものになる。
いくら異世界とはいえ、実用可能か怪しい言語ではリアリティに欠ける。

そういう意味では言語学者が作るのに向いているのだが、言語学は人工言語を扱わないので、言語学者は基本的に人工言語を作ろうとしない。

3:人文科学の扱いがひどい

20世紀は科学の時代なので、進学や就職における人文科学の扱いは年々悪くなっている。
当然言語学をやる人間は少なくなるので、言語学を専攻する人間自体が少なくなる。

アプリオリで作るには言語学の知識が要るとしたら、まず言語学専攻の人数自体が少ないことが問題だ。
しかも2で書いたように、彼らが人工言語に興味を持つ確率は少ない。
(セレンは言語学専攻でトールキンも言語学をやっていたというから、やはりどちらもレアなのかもしれない。普及型のザメンホフは眼科医で、言語学は門外漢だったそうだ)

4:パソコンがなかった

パソコンがないと作業が進まない。
セレンも01年までは紙資料でアルカを作っていたが、単語が増えてくると「この単語作ったっけ?」と思ったときに、調べるだけで何時間もかかる。
しかもしばしば見落としてしまい、同じ意味の単語を二度作ったりする。まったく手間がかかる。
また、ノートを濡らしたりすれば即アウトだし、仮に安全のために複製を作ろうとしても時間がかかる。

パソコンなら一瞬で検索できるし、コピーも配布も瞬時にできる。
言語作りの作業の9割は辞書作成だから、パソコンがない時代ではできることが限られる。
紙で百科事典を作っていた時代と同じだ。とても個人ではできない。

ちなみに、ここ10年ほどで英語の中辞典の種類が激増したのは、パソコンが出てきたからに他ならない。
編集部でパソコンを使う作業がデフォルトになってから、出版サイクルは圧倒的に早くなった。これは辞書以外にもいえることだが。

5:ネットがなかった

ネットのおかげで公開がしやすくなり、グーグルやウィキペディアのおかげで専門用語を作るときもやりやすくなった。
これについては下記で細かく見ることにする。



ネットが普及する前は、言語の公開手段は出版くらいしかなかった。
効果的でないわりにお金がかかるので、言語の作り手は頭を抱えた。
実際にザメンホフもかなりこの問題で頭を抱えたそうだ。
今はネットで簡単に公開できるのでやりやすい。

また、情報を更新した際に、ユーザーから反応が得られるまで、昔は時間がかかった。
ザメンホフのころは手紙でやり取りをしたため、平気で1週間もかかったという。
現在は遠隔地のユーザーでも、その日のうちにレスポンスが来て、昇華させることができる。
実際このパラグラフもそうして一日のうちにユーザーからの反響を得て追加されたものである。


ところで、ゼロから世界を作る以上、森羅万象に詳しくなければならない。
異世界にも化学はあるだろうし、数学もあるだろう。地理もあるし、天文もある。料理だってあるだろう。
すべての分野の単語を命名しなければならないので、あらゆる分野に(そこそこ)詳しくなければならない。

例えば蟻酸(ギサン)という物質を命名するとしよう。
地球ではアリから見つかったので蟻酸と呼ばれているが、異世界では地球と違う歴史があるはずだから、考えなしに「アリ酸」と名付けるわけにはいかない。
ちゃんと自分の世界でどうだったか考えてから命名しないといけない。こんなことをやっているからアプリオリはアポステリオリの何倍も時間がかかる。

ネットがないころは専門書と百科事典に頼ったが、紙は全文検索ができないので、知りたいことにたどり着くまでにものすごく時間がかかる。
また、専門書はとても高いし、読めるようになるまで時間がかかる。
ところがこっちは化学を作ったら今度は物理だ料理だ鉱物だと、すぐ別の話題にいかなければならない。
化学だけ詳しくなってる暇はないし、お金も湯水のようにはない。
そういうわけで、ゼロから単語を作ろうにも作れなかった。

ところが今はグーグルがある。
「蟻酸 アリ」と調べれば、蟻酸の語源がすぐに調べられる。
ウィキペディアによると、「1671年、イギリスの博物学者であるジョン・レイ (John Ray) が、大量の死んだアリの蒸留によりギ酸を初めて単離し、「アリの酸 (formic acid)」と命名した」とある。
全文検索ができるので、見落としなく探せる。

また、ほかの記事を見ると、蟻酸がハチにも含まれることが分かる。
「じゃあ自分の世界ではハチから見つかったことにして、ハチ酸と名付けるか」などと考えて命名すると、ここでようやくアプリオリな言語になる。

ちなみにアルカの場合、本当にハチ酸でいいかを歴史的に検証してから命名する。
この際には、風土も考慮する。つまり、アルバザードにハチが存在するか、存在するなら果たして一般的な虫かまで考える。
こうしないと言語だけアプリオリになって、文化や風土はアプリオリでないことになってしまう。

辞書によると、impiasl(蟻酸)は「アルディア前期、化学的に大量にショ糖を生成することができなかったため、主な甘味料のひとつに蜂蜜があった。そのため、養蜂家がレイユより身近だった。リュウは蜜蜂の毒が蟻酸であることを発見し、impiaslと名付けた」という背景から来ている。
蟻酸を命名するために、背景としてアルディアという時代の設定、当時の科学力、使用していた甘味料という料理文化、養蜂家という職業、発見した人物などといった項目が使われている。


さて、こう見ると、いかに21世紀までアルカ式がなかったかが分かる。
簡単に言えば、あまりにも面倒なのだ。また、単に面倒というだけでなく、膨大な知識と強い好奇心も必要だ。
その上パソコンもネットもないとなれば、20世紀までにはできるはずもなかった。パソコンとネットは演出型の究極形を可能にした。
私も100年前に生まれていたら、絶対アルカを作れなかったと思う。

さて、今後はアルカ式がほかにも登場するのではないか。
私の場合は自分でノウハウを作りながら四苦八苦の制作だったので何年もかかってしまったが、今ならもっと短くできると思う。

また、アルカよりも純粋にアルカ式のものが作れると思う。というのも、アルカは始めからアルカ式だったわけではないので、当時の名残がいまだに残っているからだ。
例えばmiik(りんご)は『ミールの書』という小説に出てくる果物という語源だが、アルバザードの歴史を考えるとこの語源はおかしい。歴史考証やしっかりとした世界観がなかった時代の名残だ。
そういう意味ではアルカは純粋なアルカ式ではない。当時はこんなサイトもなかったし、ノウハウもなかったので、仕方ないといえば仕方ないが。

アルカをもっと作りこむのも人工言語史を進めることになるが、最初から純粋なアルカ式を作るのも人工言語史を進める行為になる。
自分はアルカで手一杯だが、ここの読者なら純粋に最初からアルカ式なものを作れるのではないかと強く期待している。
なんにせよ、人工言語の歴史を進めることに意味を感じる。