<アンクレット>

エーステが存在する世界では、概念の語形はできるだけエーステから離さないほうが自然である。
恣意性がなければ言語というのはそもそも安定しうるものである。
もともと言語を変化させる合理的な理由が必ずしもあるわけではない。本来は変化しないほうがコミュニケーション上は通じやすく便利である。
言語の変化は義務ではない。変化するだけの十分な理由がなければ安易に地球と同じ変化をさせてはならない。

しかしエーステから離した語形にしたほうが良い合理的な理由があれば、当然言語は変化する。
エーステに語形を合わせるのは、それがその概念が持つ火などの属性の配分を正確に示しているためである。
丸いものを丸いから丸と呼んでいるだけのことである。わざわざ丸いものを四角とは呼ばないからそうしているだけのことである。

さて、概念の数は非常に多い。
エーステというのは単純語であるから、概念の数だけ単純語があることになる。
しかし単語がすべて単純語になる言語は非合理的で、いくら神の記憶力がよくても合理的とはいえない。
また、そのような言語は認知に基づいていないため、その世界では実在し認知能力を持つ神やその子孫の言語としてはふさわしくない。

例えば赤のエーステがharで、土壌のエーステがakonだとしよう。
このとき赤色土は土壌とも赤とも異なるものだから、本来はまったく異なるgabelのようなエーステを持つ。
あらゆる概念にまったく脈絡ない名前が付いていると神ですらうっとうしく思うことだろう。

そこで、合理的にしつつ認知能力を活かすよう、赤色土はharakonだと合成する。
このようにしてできた単語をankletという。
当然gabelと異なりエーステを示さないので、「丸いものを丸いから丸と呼んでいる」という現象は崩れる。
その一方、「認知能力に基づいて把握しやすいように命名している」という現象が起こる。
認知能力を持つ動物にとっては後者のほうが把握しやすいため、このアドバンテージがあればエーステを棄却するだけの十分な理由があるといえよう。

<魔法の翻訳>

アンクレットは魔法の世界における言語の変化を作る大きな鍵である。
認知能力に基づく命名なので、文化や風土によって異なる命名をするからだ。
例えばverpedは役立たずという意味だが、羊の存在しない文化圏ではそのようなメタファーは自発的に起こりえない。
従ってverpedは異国なら単なる黒羊になる可能性がある。

また、enaren(アクアマリン)を「涙の魔石」と命名する以外にも、命名法はあるだろう。
例えばミディート国ではpsooren(青の石)と呼んだかもしれない。
命名法が異なれば語形も代わり、晄基配列も変わる。enarenとpsoorenでは晄基配列が異なる。
魔法というのは晄基配列を持った単語を寄せ集めて文にしたものなので、語の晄基配列が異なれば当然魔法が発動しないことがある。

この結果、A語の呪文をB語に翻訳すると使えなくなるといった現象が起こる。
そこで呪文の翻訳家が現れることになるが、それでも翻訳しきれないものが出てくる。
ゆえに古代魔法は残存することになる。

逆に、A語からB語に訳したら魔法の効果が変わるということがある。
発動しなくなるのではなく発動はするものの効果が異なるというものである。当然こういうことも起こる。
よって、高名な魔導師ほど語学に堪能で、様々な言語で魔法を唱えることができる。

要は魔導師というのは、いかにたくさんの言語の語、特にアンクレットを知っており、それを使って当該言語の文法を使って呪文を組み立てるかなのだ。
そこに本人の魔力や習熟度などが関わるため、非常に高度な職業といえる。

<アンクレットの語形と複合語>

一般的に、アンクレットは晄基配列ができるだけもとの概念のエーステと同じ方向性になるように作られる。
この「同じ方向性になる」ことをエーステが呼応するという。
例えばranslotはrens/lusia/lo/teが語源であるが、これをそのまま合成語にすると長い上にエーステに呼応しないことがしばしばある。

そこでrens/lusia/lo/teを元にできるだけエーステに呼応させる語形は何かと調べていくと、それがこのケースではranslotとなる。
このようにしてアンクレットの語形が定まっていく。
ゆえにこの世界では単純な合成語がしばしば少なく、アンクレットを意識した混成がメインとなる。

この方針は新生アルカでも保持された。というのもアルカ自体アルディアの産物だからである。
その時点で作られた言語なので、魔法を失ったナディア以降も痕跡語aklvetが主流で、合成語、特に複合語は少ない。

この長所は語形がドイツ語のように長大にならず、言語の運用が楽な点である。
複合語は長いし、そのまま組み合わせるとたいてい発音しにくい。
アンクレットは呪文として開発されたものだから、魔導師にとって発音しにくいものは自然と排他されてきた。
唱えるわけだから、当然短いほうがいい。同時に、短すぎても言い間違いで困るため、適度な長さがあったほうがいい。そして発音しやすいほうがいい。
そういう観点でアンクレットはできている。

一方、難点は覚えるのが難しい点である。
しかしすべての概念が単純語というわけでもないから、ネイティブとして生まれればこの点はなんら問題がない範囲である。