アルカとオノマトペの関係は時代ごとに異なる。
古アルカのときは、28人の母語が異なるため、各々オノマトペ観が異なっていた。
そこで、オノマトペをまとめるのが難しい状態だった。

しかしながら、独自のオノマトペ観ができたのは、古アルカのころだったと思う。
音象徴ができたからだ。アルカ独自の単語の多くは、この音象徴からできている。
古アルカはある意味オノマトペがそのまま言葉になったような言語だったといっていい。

だが、音象徴が単語として根付くとそれはもはや単語であり、オノマトペという意識は消える。
そこで、制アルカになったころ、音象徴とは別に『制アルカオノマトペ』という本が作られた。

その後、制アルカになって、オノマトペは急激に人気を失った。
論理的な言語を目指す制アルカにとって、感性に訴える言葉は不要だったからである。
一応オノマトペの作り方は作ったものの、不人気だった。

しかし、今は新生の時代だ。論理性より文化性を重視する新生アルカにとって、オノマトペは無視できない存在である。
そこでセレンは数カ月越しでリディアと相談し、オノマトペ論を作った。
アルカ独自のオノマトペなので、覚えるのが大変だ。どうにか覚えやすくしたいと思った。
また、人によってオノマトペが異なりすぎても困る。
そこで、「感性を体系的に演繹できないか」というのが、セレンの発想だった。

実際の内容は、オノマトペの記事を参照のこと。